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2022年06月23日

「思考」のつくりかた

情報は検索して調べることができる。
でもそれだけでは「思考」にならない。

検索して得られる情報はいわば、
「料理の具材」。

野菜や肉はカットしたものを買ってくることもできる。
けれどそれらを鍋に入れて調理しなければシチューはできない。

材料から味が溶け出して他の味と混ざり合い、1つのオリジナルの味になるまでには、じっくり時間をかけて調理し、煮込まなければならない。

様々な知識や情報を人間と言う鍋の中に入れ、しっかりと温め、焦げ付かないように気をつけてかき混ぜながら一つの味を作っていかなければ、思考は育たない。

最近では調理済みの「レトルト思考」も多く出回っていて、それを鍋に入れるだけでも「自分」が出来たような気になれることもある。
でもそれは他の誰かが調理してくれたもので、完璧な状態は一時的。

生きていればどうしても自分だけの別の情報、違う状況が入ってくる。
そうすると味は変わって、パックを開いた直後の完璧な状態とは変わってしまう。

結局、調理は自分でし続けていくしかないのだ。


難しいけれど大丈夫。

人間と言う鍋は本来、思考を育てるためにちょうど良い温度にできているのだ。
posted by 透子 at 17:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記帳
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